あけましておめでとうございます。
嬉しいことに昨年は本当にたくさん本や漫画をを読むことができたので(Kindle Unlimitedのおかげ)、せっかくならそれらを「面白かった部門」「驚き部門」「読んでよかった部門」で分けてまとめて記録に残したいなと思う。特にランキングとかではなく、見返した順、思いついた順で適当に書いていく。また、それぞれの部門の選定基準や、入れるか迷ったが省いた作品のタイトルや理由なども併記したい。よければお付き合いください。
【面白かった部門】
選定基準(この中のいずれかに当てはまるものを選んだ)
・エンタメ性が高く読みやすい。
・一気読みまたは何度か再読した。
アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイルメアリー 上下』(小説)
・ネタバレすると面白さが半減するのでこれ以上言えないのが残念だけど、とにかく読みやすく面白い。文体は読みやすい以外の魅力は感じなかったけど、作劇や構成によるおもしろさのみでもここまでの読み応えを作れるのがすごいなと思った。
城戸志保『どくだみの花咲くころ』(漫画)
・小学校という制度に比較的馴染んでいるために自分は優等生で真面目であるという自認の清水くんが、癇癪持ちの信楽くんとの交流の中で、信楽くんの目線を通して徐々に相対化されていくのが面白かった。表情の描き方が一々ユーモラスで魅力的だし、焼き物の名前が苗字になっているのも、清水くんと信楽くんの接近理由が手作りの人形であることを考えると、なんか良いなと思う。
・元農協新聞記者のフリー記者が膨大な取材の末に描き出す、JAの複雑な組織構造を利用した不正の内実が怖いけど気になりすぎて一気読みしてしまった。JAのことを全く知らない私にもするする読ませる分かりやすい文章。
三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(新書)
・日本の近代以降の読書史と労働史を照らし合わせながら、それぞれがどう影響を及ぼし合ってきたのか、という問いをそもそも持っていなかったし、それらが読みやすく綴られていたので、興味深く新鮮に読んだ。そこから導かれる現代の労働と読書の関係も、納得のいく着地だった。歴史的な記述の細部が粗めだなと感じることはあるが、全体的には満足!
アーシュラ・K・ル・グウィン『闇の左手』(小説)
・惑星ゲセンの寒々しい気候風土や、そこに住む両性具有の人々など、全く違う世界が比喩や情景描写、その土地に伝わる民話や神話などから徐々に見えてくるのが面白く、また、全く違う世界だからこそ他人同士が心を通わせ合う普遍的な描写のありがたみがあるなと思った。個人的には『赦しへの四つの道』よりも読みやすかった。
【面白かった部門落選作】
松井優征『逃げ上手の若君』(漫画)
・正直言ってめちゃくちゃ面白い。歴史上の人物の捉え方が新鮮なものから定番のものまで様々にあるが、どのキャラも魅力的に描かれていて好きだった。オリキャラも良い。歴史物では重要な戦や騎馬で駆けるシーンも迫力があり絵が綺麗。ただ、主人公や主人公周りの女性キャラが凄くフェティッシュに描かれるギャグシーンがかなり気色悪く、差し引きの結果マイナスになった。
・サッカーという競技自体の戦略の面白さを描いていることはもちろん、日本サッカーシーンの問題点や未来をも真剣に考えている、めちゃくちゃアツいサッカー漫画。ただ、どうしてもサッカーに終始しているというか、テーマに普遍性を感じられないことと、作劇が単調であることが気になった。スポーツ系エンタメが好きな人にはオススメかも。
野田サトル『ドッグスレッド』(漫画)
・相変わらず絵も作劇も上手いし、軍隊的なマチズモが蔓延るホモソーシャル内の愛憎を全国優勝常連のアイスホッケー部を通して描こうとするのは素直に面白いと思ったんだけど、ゴカムでの第7師団の扱われ方を見るにつけ、結局愚かしくも愛おしい…みたいな方向に行くのでは?という疑いが晴れず、ゴカムと同じ顔のやつ(絶対わざと)がめっちゃいるのもその疑いを強めている。
【驚き部門】
選定基準
・びっくりした
平井大橋『ダイヤモンドの功罪』(漫画)
・この驚き部門は、この作品をどこに配置したら良いか分からなかったので作った。綾瀬川くんがあまりにもかわいそうなので、「おもろ!イェーイ!」とは言えないんだが、スポーツ漫画ってこういう角度でテーマに普遍性を持たせることができるんだという驚きが大きく、めちゃくちゃ印象に残った作品。別の記事で詳しい感想を書いているので、そっちもぜひ。
ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』(小説)
・視点がシームレスに移り変わっていく独特の文体にも驚いたんだけど、それによって描き出される、公的領域を司る家父長と私的領域を取り仕切りケア的役割を担うその妻などの近代家族の在り方が今のフィクションとすごく地続きであることに改めて驚いた。言葉の使い方が非常に面白い比喩によって描き出されていて、古びてないのもすごい。驚きと面白さが両方あり、読んで良かった。実質三冠かも。
【驚き部門落選作】
・「天皇」や「日本神話」など、世界大戦の原動力にもなったはずの「大和民族の血」を褒め称えるための動機の一切合切がひっくり返されており、敗戦の衝撃と民族主義への恨みをひしひしと感じた。人種主義宇宙帝国の設定がめちゃくちゃ作り込まれたすごい作品ではある。ただ普通にグロテスクな描写がキツく、読んでいる時は麻痺していたが今はもう思い出したくないので選外。
【読んで良かった部門】
選定基準
・読む意義のある内容
・味わい深い文体
遠野遥『破局』
・今年のかなり前半に読んだので記憶がかなり曖昧だけど、文体や比喩がすごく面白かったので印象に残っている。同じ作者の『浮遊』も読んで、そちらも同じく文体の良さがあったけど、やはり『破局』の方がテーマの明快さ含めて読みやすかった。
東畑開人『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』『雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら』(人文科学書)
・友人に勧められて読んだ東畑開人の著作2冊、良かった。併せて読んだからこそ理解が深まったなと思ったので、どちらも選びました。認知行動療法的な、こころの動きを書き出したり認知したりしてコントロールするやり方も必要な時はあるし重要だとは思うが、それだけだとそれはそれでマッチョというか、精神ってもっとブラックボックスで、本人にも捉えることの難しいものなのではと思っていたので、そういった興味にピタリとはまった。2冊目の『雨の日の心理学』の方はケアする側の話も多く、そちらもとても為になった。
荒井裕樹『凜として灯る』(ノンフィクション)
・やっと読めたが、やはりめちゃくちゃ良かった。学園闘争の時代、学生運動に居場所を見出せなかった女性たちや障害者たちがどのように言葉を紡いできたのか、さらにそのどちらからも微妙に弾き出された立場の米津知子さんがどのように声を上げてきたのか。インターセクショナリティを考える上で、また生殖の権利について考える上でも非常に大事な作品だった。
ハン・ガン『少年が来る』(小説)
・国家によって激しい暴力が振るわれた数日間を、これでもかというほど詩的かつ静かな文体で描写することで、かえってその凄惨さが胸に迫った。また、構成や章ごとの一人称の変化などの工夫も凝らしてあり、読み応えもあった。実際の事件をこうした形で作品にするのが嫌な人もいるかもしれないが、私はありよりの手法だなと思いながら読みました。
ぱらり『いつか死ぬなら絵を売ってから』(漫画)
・「芸術」の価値がどのようにして作られるのかということを、児童養護施設で育ち、生活に苦しみつつも趣味でスケッチブックに絵を描いていた主人公と、その絵を見出したギャラリストの2人を通して描かれており、階級社会・人種差別・ジェンダー差別などの問題により芸術から弾き出される人々の視点を様々に織り交ぜようとしている、意欲的な作品だと思った。あと、登場する作品のコンセプトが本当にありそうで面白い。
こうやってまとめてみると、漫画もかなり読んでるはずなのにその割に入らなかったなとか、小学生の漫画をふたつ選んでいるなとか、芥川賞受賞作などの中編小説もたくさん読んで面白いと思ったはずなのにここに選ぶほどの思い入れは無いんだな、とか色々と気づきがあって面白い。2025年分もこういったまとめを作ることができるように、今年はもう少し読んだ作品をまめに記録しておきたい。
ちなみに大賞を選ぶとするなら、難しいけども、読んだ時の衝撃や人と話す時についつい話題に取り上げてしまう頻度などを踏まえると、やはり『ダイヤモンドの功罪』かな…と思う。読み味がめちゃくちゃ良い訳ではないので誰にでもおすすめはできないが、ぜひ読んだ人はコメントしたりSNSでリプライしたり口頭で話しかけたりして下さい。